創業170年以上の歴史を誇る老舗工房「寿々登(すずと)」。 江戸時代から続く職人の技と美意識で、一つひとつ丁寧に仕上げられた破魔弓は、 健やかな成長を願うご家族の大切な贈り物として選ばれ続けています。
寿々登の破魔弓は、実寸の弓矢を忠実に再現し縮尺した造形になっているため美しく違和感がありません。ケースの中身を隙間なく表現する商品が多いですが、実寸で見た時にどうしても弓が太く矢が寸足らずになりますので違和感があります。バランスが良いものは眺めていて心地いいものです。弓や矢の造形美が最も映えるよう計算された構成が、寿々登作品ならではの完成度を示しています。
ケースを正面から見た時に弓矢の左右に余白をつくる事でより主役の破魔弓をより美しく見せています。柱も太すぎず細すぎず絶妙な太さで強度を保ちつつ見た目を邪魔しません。洗練されたデザインで和室はもちろん洋室にも自然になじみます。羽子板は幸せが広がるようケースに入れずに飾ります。破魔弓は魔を射ってケースに閉じ込めます。
羽根には天然の水鳥鴨羽根やキジ風切羽根を使用しています。弓は木製で藤を巻いています。金箔押しの矢尻を使用し華美さを抑えた凛とした佇まいで気品を添えます。一つひとつを職人が手仕事で仕上げることで生まれる確かな品質、受け継がれた伝統の技は、単なる飾りを超えた工芸品としての価値を持ちます。
江戸時代から関東地方で作られてきた破魔弓は空穂(うつぼ、矢を収納)のものを中心にしたデザインです。破魔弓「天覧品」はこれら伝統の江戸破魔弓を基にした作品で、昭和8年、昭和天皇の皇太子誕生に寿々登の破魔弓を購入頂いた事で「天覧品」と命名し、当時のままの基本デザインを継承して作り続けています。
破魔弓は魔除けの意味で神社などで、かなり古くから用いられていました。これが一般の人々の間に広まったのは、平安時代の中頃だといわれています。朝廷では、皇子が誕生した時に魔除けとして、弓矢を用いて鳴弦の儀式を行っていました。破魔弓が現在のような形になったのは鎌倉時代からだといわれています。江戸時代には武家や町人の間に、男子の初正月の祝に破魔弓をかざる習慣が生まれ、それが全国に広まりました。現在、正月に破魔弓を飾るのは、こうした伝統にもとづくもので、破魔弓が悪魔を追い払い、男の子が健やかに育つようにとの願いが込められています。
新しく生まれたお子様が初めて迎えるお正月を初正月といいます。 その初正月の女の子のために飾るのが羽子板、男の子のために飾るのが破魔弓です。
むさしや豊山の羽子板について
寿々登(すずと)の破魔弓について
木目込み人形の『石川 潤平工房』や創作衣装着の『鶴屋 半兵衛』、甲冑師の『力石 甲人』など、『人形のたいら』が扱っている作家をご紹介いたします。
人形作家を見る